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■参考 H16年報恩講での当住職の節談説教の動画
    3分56秒  節談説教動画   

                               
 供花は、毎年坊守(住職の妻)が生けます。 今年のお説教は節談説教の藤野宗城 師
                                









今では、珍しくなってしまった高座でのご法話
です。
                                
当浄信寺の檀信徒にとっては、初めての体験?。高座での、節談説教を聴きました。最近では、高座でのお説教がめっきり少なくなったとか。今回の高座は、名古屋別院でかって節談説教の第一人者の祖父江師が、使っておられた物を、借りてきました。昔はどこの寺院でも、高座が常備されていたとか大部分の寺院では、廃棄されてしまい。お説教と言えば、机の前での説教が一般的になってしまった。昔の真宗寺院の雰囲気に還った気分になりました。
                       
 浄土真宗の開祖親鸞聖人は、叡山に学びやがて吉水の法然を訪れ、その高弟になった。法然門下には、当時有数の布教者としての誉高い安居院聖覚がおり、その卓越した説教手法に、親鸞も影響を受けた事は想像される。親鸞は、聖覚の称えた「阿弥陀仏の音声を正確に聞きとる事」を、説教の本質と捉え、「聞法」「聞即信」の精神を重んじ、多くの和讃を作るなどして、聖覚流の布教の手法を巧みに取り入れた事は明らかであろう。和讃は、真宗の勤行の中枢と同時に、お説教の中心とされ、巧みな節譜(ふし)付けで演出効果を高め、『節談説教』と呼ばれるものを生み出した。又安居院聖覚の説教手法は、真宗の中で、説教五段法と言われるものに、多大な影響を与えたと言われている。

 多くの研究者が、この真宗の『節談説教』が、浪曲や浪花節(なにわぶし)、講談、落語などの原点であり、まさに日本が誇る話芸の精髄と言われている。浄土真宗の教えを人々の生活と心情にしみわたる様に語る『節談説教』即ち、浪曲、講談、落語までつき混ぜたような、宗教芸能の伝統が、あったればこそ、今の真宗が、まがりなりも残っていると言っても過言でない。

 明治以降、真宗教団が近代化をはかり、西欧に恥ずかしくない「理性的・論理的」な宗教を、妄信して教義を理論化して『節談説教』などの土着的・娯楽的な布教の方法を、近代化の意味をはきちがえた宗門内外の人たちによって、問答無用に切り捨てられてしまった。本山の指令で、各地の教務所には、『節談説教』お断りの貼紙が貼られた事もあったという。

 近年この『節談説教』に注目したのは、残念ながら宗門内の人間でなくて、俳優の小沢昭一氏であり、小沢氏は、四半世紀前に、日本各地を訪ね貴重な録音を残している(最近CD版で復刻)その当時は、まだ日本全国で10人ぐらいの『節談説教』をなさる人があったとか、今では『節談説教』を演ずる人は、わずか数人になってしまったと言われている。法話(説教)が、単なる説明や解説であっては、人々を説得する事はできまい。是非、藤野宗城師の【節談説教】を、21世紀最初の報恩講の思い出に留めておいて下されば幸いです。
        
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